葛飾北斎八方睨みの図岩松院





 小布施のはずれの山寺「曹洞宗梅洞山岩松院」は葛飾北斎、福島正則、小林一茶ゆかりの古寺でそれぞれの思いを込め足を運びました。

 ピカソにも影響を与えたといわれる北斎、「八方睨みの鳳凰図」はどの角度から見てもこちらを見据えられている感じです。絵は撮影禁止以外にも画像保護の観点より鑑賞とのことでで椅子に座り天井を見上げる。横からは【160年、色彩も保持されており中国から輸入した高価な岩絵の具、金箔が使用されその色彩光沢は変わらぬ光沢を放っている】【北斎88歳から89歳の作品、書き終えて江戸にもどり90歳で死去】寺の案内人のマイクからのよどみない説明が伝わる。

 本堂裏の「蛙合戦」の池と「やせ蛙・・・・・・・」の句碑は藤沢周平著「一茶」の小説を思い出し(10数年前読破)風流以外の人間臭い俳人の貪欲を執拗に描いた表現とが重なりギャップの大きさに想像力をかきたてられしばし佇む。

 本堂続きの墓地には福島正則の霊廟が・・・・戦国時代の話に幾度となく登場し名をはせた大名の国替えの悲劇の非運を嘆き64歳で薨じた霊廟の石段を登る。
 


左側は岩松院本堂の北斎最晩年の作品、天井絵の「八方睨の鳳凰図」で畳21畳大の作品です。撮影禁止なのでコピー作品の又コピーです。中央の小さいコピーは顔面の部分の迫力の鋭さが伝わりドキッツとします。

山門の阿吽の像

本堂への参道

正則の霊廟には文書、観音像、大槍、馬具、日用什器等が収められている

 「やせ蛙まけるな一茶これにあり」の句碑は54歳の時に岩松院を訪れた時、池の蛙合戦を見て病弱な初児千太郎への声援の句。願いむなしく一か月足らずで他界。

春花見時になると「ヒキガエル」がたくさん集まりメスが少ないのでオスと奪い合って合戦となる光景は静かな山寺の風情になっている(岩松院パンフレットより)


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