南イタリアマテ−ラ・サッシ

 マテ−ラ・サッシ(洞窟住居)の岩穴が、観光に荒らされない神秘的なパノラマとなり眼前にに広がる。町は岩を掘って作った住宅の上に建物をつくり家の屋根を通路にしてその上に家が建ち何処から何処までが家かわからず岩山と家が混然と一体になり複雑な構造をしている信じがたい町並みです。観光客から「この地は神からも見放されたと云われる時期があったそうでサッシは南イタリアの貧困の象徴とされていた」との声。案内書によると1952年経済面、衛生面などで住民は政府から強制撤去で無人となり廃墟。1993年世界文化遺産指定となり生活、経済面の改善がなされ車も通らないユネスコ指定の旧市街地の細い道に比べ、対照的に高台では車の通っている地域も見受けられるがサッシの何割かは無人らしく崩れかけそうな住居が数えきれないほど目につく。(ユネスコ指定の家は緑色の窓枠が付けられている



マテ−ラ・サッシ洞窟住居






【サンタマリア・デ・イドリス岩窟教会】岩をくりぬいた教会。至る所に教会があり、7世紀〜13世紀にかけて修道士が隠遁した跡。
十字架がそびえひときわ目につく。

高台から見たサッシ。8世紀〜13世紀ころイスラムの勢力をのがれた修道僧がすみついた所らしい広範囲に広がるサッシは原始的住民を思わせ谷の向こうは荒涼とした風景が広がる。

渓谷にへばりつくように建っているドーモとサッソ・バリサーノ地区、ユネスコ指定後は様変わりと考えられるる。観光化されず人の訪れは少ないこの付近の坂ははキリスト降誕の映画撮影場面の場所らしい?十字架を背負って歩いた坂,磔の丘などの場面と聞く

ユネスコ指定文化遺産の岩場(洞窟住居)にも左下の様なサッシの跡が見受けられるが町は新しく再生の跡がそこかしこで見られる


ロマネスク様式の教会、最初は8世紀〜13世紀頃イスラムの勢力を逃れ
た修道僧がすみついたとの話に同じ運命の地カッパドキアを連想。


幾枚かのデッサンを披露

サッシの虜、デッサンに余念がない画家

サッシ(洞窟住居)の跡
カサグロッタ地区の住居群。サッシに住んでいた人の生活を再現した生活がうかがえる。部屋は人畜同居で家族同様だった様子がうかがえるが
南イタリアでは珍しいことではないと云う。
世界文化遺産指定を受けた家々の目印は何処も窓枠が緑色で囲まれています。右の土産物屋さんは幸運のシンボル鶏をモチーフにした
マテ−ラの伝統的なお守り「ククー」を売っていました。新郎新婦への贈り物にするとのこと。
坂道又坂道の生活で、他家の屋根が通路や階段になっている、下を歩き他家の横を抜け複雑な住居の中のレストラン。きびしい崖の上に幾層にも
重なる家
1952年イタリア政府による全世帯強制立ち退き後1993年世界遺産指定後もサッシに戻らずまだまだ洞穴住宅の空きが
目立ち貧困地域の思いがする。最後に一仰ぎすると名もわからぬ洞窟教会らしき大きな岩が又一つ眼に入る