山城遺跡竹田城天空の城


全国一の山城遺跡国史跡竹田城は天空の城とうたわれ最近は右肩上がりの人気。(3大山城は岩村、高取、松山城と思っていた)城址を目指す人の多さに驚きが隠せない。満開のミツバツツジ、タニウツギの芽吹き、ハリウツギ、クロモジの青葉に季節を感じながら城郭のない石垣だけが残る山城353、7mを目指す。山名宗全の築城当時は土塁であったと云う。城主と時代は移り秀吉の但馬征伐で落城後、秀吉の属将的な桑山〜赤松広秀が現在の石垣積の城郭を築く。自然の石の声を聞きながら積むと云われる穴太流積の技法を用いた野面積で400年を経た現在も当時の威容を誇る。

竹田城史跡表示から見上げると石垣の一部分が現れ「天守を中心に南千畳、北千畳、花屋敷が放射線状に配され虎を伏せた様なので別名虎伏城とも言います」ガイドさんの声が伝わります。


城址への一歩穴太流野面積石垣

大手門への緩やかな石段

大手門虎口隅石の大きさは城の顔
400年の風雪に耐えた石垣は、穴太衆穴太流野面積で石材は現地のほか山麓付近から集めた花崗岩で最大の石は5tの大きさとの説明に目を見張る。安土、姫路、和歌山城等も同じ穴太積構築法との説明も受ける。

北千畳から北方向眼下の町並み。道路のアーチ橋のきれいな白が浮かび上がる。中世の城が敵からの殲滅を防ぐ為と理解ができます。(花屋敷からの遠景も同じ感覚で映ります)右側には播但道路が走っている。

山頂一体に植えられた桜、雄大な景観にピンクの色彩は4月ならではの風景。
南千畳とその先は山並みが続き、北千畳から三の丸へのへの入り口は苔むし中央付近には草で覆われているが井戸跡も確認でる場所が存在とのこと、北千畳は呼び名の通り規模の広さに驚きました。。三の丸からは二の丸、本丸、天守を見ることができます天守は360度パノラマ。本丸からの南二の丸と南千畳の景色は石垣、松の配置町並みも望まれ天守台よりの南千畳の写真風景が代表的アングルと聞くが納得。本丸から二の丸へと最後にもう一度振り返り下る。

遠景は山並みが続き花屋敷から本丸へ向かう道からのパノラマ風景。