大鹿村大河原南北朝動乱期(宗良親王)の史跡を巡る


 南信州の秘境といわれる下伊那の大鹿村大河原に南北朝動乱期(宗良親王)の跡を偲び史跡を巡る。悲劇の親王が30有余年過ごされた大鹿村大河原は伊那で最も深い谷といわれ、栄華の果てに都をはなれ比叡山天台座主から還俗の身で南朝の勢力挽回実らず激動の中に生涯を終えた大鹿村。「宗良親王の光らしきものは何も残っていません」釜沢部落史跡での案内人の言。夕暮迫るため、居住された御所平まで足が伸ばせず。激動、痛恨の極みの中に果てられた宗良親王の悔しさや哀れさを思いながら一軒宿の赤石荘へ。
 
 帰宅後「高森昭勅」著書の文中吉田氏が親王を称えた文章が眼に着く。(感銘深いすぐれた和歌、心は切実で哀れが深い)と・・・・・・・・・・





土蔵 松下家
標高878mに建つ重要文化財/松下家住宅 土蔵/先祖より30代約390年の歴史/豪農そして村の要職を保ってきた家柄


福徳寺屋根灯篭 福徳寺本堂 香坂氏の墓
   コケラ葺きの本堂が残る福徳寺/国重要文化財/長野県屈指の古さを誇る         香坂高宗の墓
南北朝時代宗良親王に忠誠をつくした人


鳥の奥宝篋印塔 左側墓と伝わる
宝篋印塔/村指定文化財/宗良親王の墓として祀る 尋ね尋ねた宗良親王妃?特定の女性?の墓/釜沢部落の数人を訪ねやっと午後6時前国際結婚在日二年半と名乗るスウェーデンの女性の住まいの敷地内で「おお!クインね」と案内された墓石にビックリ。【紀伊国きさき】と判読できるが?620余年ひっそりと祀られている石碑に合掌