国束寺のご住職と歩く国束山


 目に若葉、花筏等緑の中、本来の参詣道を国束寺のご住職の案内で国束山(玉城町)を歩く。寺縁起によると【聖武天皇、嵯峨天皇の篤い御信仰により、山内には6院132坊を有し弘法大師も国束寺を訪れ、密教の修行場として栄えた】云々。ご住職の説明では「乱世の戦火で灰燼の後は藤堂高虎、紀伊徳川藩の加護で再建したが、明治の廃仏毀釈、戦後の農地改革で衰微。その後は空襲により建物を失った大阪の四天王寺に一部の建物を移し、現在は隆盛を極めた昔とは比較になりませんが何時の日か山上に復興の日をと念じます」。お一人で寺跡の遺蹟、遺物に熱意の姿勢に合掌。



国束寺跡地
山頂にほど近い国束寺の跡地には繁栄の面影はなくわずかに鐘楼跡、寺院跡らしい礎石跡が季節の草花の中に残る

参道跡を歩くコースを選ぶ楽々18丁


寺の名も 国を束ぬる
山なれば 代代にし高く 仰がざらめや

 今回で4度目の国束山歩きはご住職の説明があり耳を傾ける。朝熊の金剛証寺と並ぶ伊勢地区の名刹であり、上記のような歌が残っていることを考え近くの玉城町に平安時代、戦国時代に・・・・・・まだまださかのぼり神話の世界の天照大神 (穂広峰)素盞鳴尊(国束山山頂)に胞衣を埋めたと伝わる場所の案内を受け信憑性はw(^_^)ンーナニナニ?の感。とは云ってもそれほど古いのでしょう。山を訪ね歩く人々に昔をしのんでもらうため報われがたい廃寺跡から年代不詳の地蔵さんや痕跡を掘り集め、山上に伽藍復興と・・・・・・私も伝説ではなく歴史的価値のある物的証拠が出れば文化庁なども動き出してくれるであろうと,その日のあるを念じて下山。


安全を祈って木漏れ日を受ける丁石

一体になる日の訪れを待つ首なし地蔵

土中よりご住職が掘り起こされた地蔵さん
山頂の素盞鳴尊胞衣
w(゚o゚)w オオー!素盞鳴尊の胞衣塚
穂広峰の天照大神胞衣塚
天照大神胞衣塚付近 !\(゚o゚;)/ウヒャー