鳳来寺山の一角杉木立の中の東照宮、鳳来寺本堂は霊気が伝わる雰囲気と聞きおよんでいた。全国で三番目に多い石段は1425段続く。石段をカットして鳳来寺山パークウエー駐車場から東照宮、鳳来寺本堂へとのルートを選ぶ。数分後w(゚o゚)w オオー!、中国黄山と見まがう孤高の一本松の下に石仏の光景、深い谷間その奥に鏡岩がかすかに見え程なく東照宮。山全体が国の指定名勝天然記念物指定の霊山。鳳来寺山の一角鬱蒼とした杉木立の中に朱の建物が映える。子宝に恵まれなっかった松平広忠夫妻が子授けを祈願して生まれたのが祖父の家康と知った三代将軍家光が東照宮建立を発願。四代家綱の代に完成。日光、久野と共に三大東照宮との事。思ったよりも小規模な建物であるが国指定重要文化財。
 
東照宮

 鳳来寺山(標高695m)の山頂近くの本堂は利修仙によって開かれ文武天皇が病気快癒を依頼、治療したため天皇は喜んで鳳来寺と命名した寺を建てて志に報いたのが始まりで高野山、比叡山よりも古く我が国で最も古い山岳寺であるとの事。本尊は薬師如来で家康出生のゆかりの名刹は江戸時代は家康誕生の縁起により幕府の厚い保護を受ける。本堂受付で下りの石段を挑戦?と問い合わせると年齢を考慮すると最後の上り下りは胸突き八丁きついですとの言葉にパークウエーを走り表参道から少し雰囲気を味わおうと元来た道を下る。




三の門

二の門

一の門
 門前町のふんいきが伝わる表参道。木造りのどっしりとした三の門に続き二の門へと。「開山以来天皇から戦国武将、さらに俳人、文化人が足跡を残した歴史の舞台(イメージマップより)」パークウエー開通で町の賑わいは影を落としたと聞いていたが宿屋、みやげ物店も閑散とし参拝者、登山者の人影もまばら。素朴な民家点在を見て日常生活は不便だろーなとの思い。二の門歴史が歩いた坂道などは木戸跡が残り江戸時代は60軒の宿屋、2軒の芝居小屋有り云々の立札。案内書を片手に歩く。
 硯屋さんは原石を自分で採ってきてすべて手作りで石の表情を見て作るそうです。最盛期は7〜8軒の店があったそうですが現在は2軒のみで客足は良くないそうです。
 様々なオブジェ、芭蕉の飄々とした坐像、、牧水の酒好みを表現した様子、山頭火の句碑などが並び当時の文化人も訪れた歴史の足跡を感じる。
 「ここより境内となり殺生を禁ず」1425段の石段登り口です。頼朝が3年間鳳来寺にかくまわれていた。縁で幕府をひらいた後謝恩の気持ちを込め三重塔を寄進のおり石段も造ったとの云われが掲げられている。
 重要文化財仁王門.三代将軍家光が寄進。額の文字「鳳来寺」は光明皇后の御染筆と伝えられる。付近は壊れた石仏跡やお地蔵さんなどが点在。芭蕉は仁王門にさしかかった頃持病の発作でこの辺で中止して下山したと云われる。
 愛知県指定天然記念物の傘杉。杉としては樹高日本一を誇る。樹齢800年と推定される。約300段上った所で下山。