白山麓の中世宗教都市白山平泉寺

白山麓の中世宗教都市白山平泉寺を澄んだ空気の流れる中ボランティアガイドさんと3人で歩く。

1300年前泰澄大師により開祖。室町時代寺領48社、36堂、6千坊、僧8千を誇っていたが一向一揆の兵火で7日間燃え続けて全て灰。明治の廃仏毀釈など幾多の変遷を経て現在は平泉家として存続。当家の承諾を得て旧玄成院庭園と苔の説明を聞く。

司馬遼太郎【街道を行く】著。「境内に広がる苔と規模を見れば苔寺などは笑止なほどであった」との絶賛の表現にに誘われて白山平泉寺への行動となったが見ごろは「初夏」。季節は晩秋で落ち葉が舞い絨毯の様は期待はずれではあるが手入れが行き届いていればさぞやと歴史の移り変わりを感じさせる苔に見入る。

白山平泉寺精進坂
精進坂 一の鳥居 先祖のために煩悩を謹んで登るといわれる日本の道100選

2の鳥居
2の鳥居中央の屋根が葺かれ日本最古とのこと
旧玄成院庭園
国指定 旧玄成院庭園多種類のコケが自生
沙羅双樹
北陸最古の庭玄成院庭園の沙羅双樹

 奥州平泉に落ち延びる途中で参詣の義経、朝倉氏、新田義貞等、歴史の重要な場面の役割舞台にもなっている白山平泉寺(当時比叡山3千坊)

 奥越前に埋まっている白山平泉寺6千坊院の跡の南谷坊院跡遺跡を一向一揆で生き残りの杉木立の「歴史の道100選」の中を進む。発掘調査により石畳道、坊院跡、海を隔てた商品の使用を思わせる唐人館跡等発見。中世の一大宗教都市であったことが判明。(熊野古道など比ではない)

 この下で多くの僧と風化して眠る遺跡の事に思いをはせる。「今後も膨大な遺跡が現れるとの予測です」ガイドさんの声の傍らで発掘調査員の仕事が続いていた。
  
                         

日本100選の道
石畳が続く道日本の道100選

樹齢350年以上や戦でも焼け残った木
中世の石畳
苔むす中風化して眠りりから覚めた坊院跡

僧の居住の門跡や土塁跡

発掘が進む南坊院跡驚くほどの石の使用
南谷坊院跡遺跡
完全に修復を見た石垣と石畳の道